
本記事は、デジタル通貨フォーラム山岡 浩巳座長が、2026年5月17日に日本金融学会2026年度春季全国大会パネル討論「ステーブルコインvsトークン化預金vsリテールCBDC」における冒頭報告にて報告された内容を、一部編集して転載しております。
Vol.1と併せてぜひ読み進めてみてください。
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デジタル通貨フォーラム 山岡 浩巳座長
分散型デジタル技術の登場と通貨システム
歴史上も通貨システムは、鋳造技術や紙技術、電気通信技術などその時々の技術革新を取り込んで発展してきました。
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最近では、スマートフォンの普及を背景とするモバイル決済の拡大などがみられています。もっとも、モバイル端末を通じたQRコードやNFCによる決済などは、基本的には現代通貨システムの二層構造の枠内でのUI・UXの改善と捉えられます。
では、ブロックチェーン・分散台帳技術(DLT)といった技術は、通貨システムにどのような影響を及ぼすのでしょうか。 これらの技術は、分散型の環境の下でデータ改竄や二重譲渡を防ぐことができ、スマートコントラクトの活用によってDVPを実現できるなど、有望な技術と捉えられています。
しかし同時に、そのメリットは相対的なものであり、集中型・分散型それぞれに利点と課題があると捉えられています。この点については、シン総裁などが近年、精力的な研究成果を発表しておられます。
例えば、ブロックチェーンの鏑矢であるビットコインでは、全ての認証参加者が参加する計算競争によって取引の認証が行われます。しかし、そのためには相当な電力を費消し、時間もかかります。これらは「特定の帳簿管理者に頼らずに信頼を創り出すコスト」とも捉えられますが、これが集中型インフラを使う場合よりも常に低いと言えるかはクエスチョンです。
またシン総裁は、取引認証にかかる報酬がコストに見合わなくなると、認証参加者は他のネットワークに出ていくことになり、これによりインフラの分断が起こり、通貨のネットワーク外部性が損なわれるというインセンティブ問題を指摘しています。そのうえでシン総裁は、ブロックチェーン技術によるイノベーションは活用しながら、通貨システムの統一性を確保する制度的枠組みは守っていくことが大事だと述べておられます*9。
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*9 Hyun Song Shin, “Tokenomics and blockchain fragmentation” (2026)
デジタル通貨の登場
分散型技術を応用するデジタル通貨として注目を集めているのが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)、ステーブルコイン、そしてトークン化預金です。
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CBDCはさらに、個人や企業が日常取引に使うことを想定したリテールCBDCと、銀行などが大口決済に使うことを想定したホールセールCBDCに分類されます。後者は、既に中央銀行が提供している即時グロス決済(RTGS)システムをトークン化対応したものと捉えられ、通貨システムの構造を大きく変えるものではないと考えられます。
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では、これらのデジタル通貨は、通貨システムにどのような影響を及ぼすのでしょうか。
先ほど申し上げた「バランス」の視点から見ますと、例えば、国家の枠組みに頼らないとする暗号資産は、必然的に国家と市場、集中と分散というバランスを大きく動かします。このことは、暗号資産の価値のボラティリティの大きさや、取引認証にかかる巨大な電力消費とも裏腹です。結局、暗号資産は決済手段としては殆ど使われず、専ら投機的な投資の対象となっています。
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一方、リテールCBDCについては、銀行預金を侵食し、現在の二層構造を「一層」にしてしまうリスクが指摘されています。これにより、市場メカニズムを通じた資源配分やイノベーションに影響が及ぶのではないか、また、人々の日常取引の情報までパブリックセクターが集めることにならないかなどの問題が指摘されています。もちろん、二層構造を壊さないよう規模を抑えて発行しようという議論もありますが、そうなると今度は、あまり使われないことを前提とするインフラをどこまでコストをかけて供給するべきかという問題が生じます。
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リテールCBDCは2020年から21年にかけて、カリブ海の島嶼国など4つの中央銀行が発行しましたが、その後発行の動きは続いておらず、先進国の中央銀行の中には検討を後退させる先もみられます。また、「デジタル人民元」(e-CNY)の実験を続けていた中国は、本年1月よりこれを銀行預金スキームに変更しています。さらに、米国は昨年1月の大統領令により、米国内における米ドル建てCBDCの発行・流通および検討を禁止しました。この間、ユーロエリアではデジタルユーロの検討が続けられています。
この間、米ドル建てのステーブルコインは増加しています。
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主な用途は暗号資産投資の待機資産ですが、ステーブルコインを巡っては、国際決済銀行や欧州中央銀行など多くの機関が問題や課題を指摘しています(スライド23)。これらは、先ほど申し上げたナローバンクの問題と多くの面でオーバーラップしています。
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まず、ベースマネーとの即時、等価での交換が確約されていないため、「ディペッグ」(法定通貨との価値の乖離)のリスクが残ります。とりわけ、発行者が発行 益を得るために裏付け資産を減らしたり、長期資産やリスク資産のウェイトを増やせば、このようなリスクも大きくなります。また、発行者ごとに裏付け資産が異なる以上個別性が残り、交換可能(fungible)とはいえないため、通貨の「単一性」の要件を満たさないと評価されています。
また、裏付け資産を国債や中銀預金で保有するステーブルコインは信用創造機能を持たず、その供給は予め積まれる裏付け資産に制約されるため、弾力的な供給が難しいことも指摘されています。さらに、持参人払式証券(bearer instrument)類似の形でパーミッションレス型のブロックチェーン上で発行されるステーブルコインについて、犯罪や不正行為への利用を有効に防げるのかという課題も指摘されています。
個々の決済手段にはそれぞれ特徴があり、「最強の通貨」を選ぶことは容易ではありません。
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例えば、現金は高度な流通性と匿名性を備えていますが、落としたり盗まれたら最も危ないので旅行に多額は持っていけません。通貨や決済手段にとって「価値の安定」は絶対的な要件ですが、動的安全や匿名性の程度は区々であり、これらが長所か短所かは状況次第です。
そのうえで、トークン化預金は、現在の通貨システムおよびその「二層構造」の長所を活かしながら、分散型技術を取り入れていこうというものです。
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現在、国際的な大銀行や先進国の銀行グループによる取り組みが行われており、「デジタル通貨フォーラム」もこの方向での取り組みを進めています。
次世代の通貨システム
次世代の通貨システムについては、2016年に開催した東京大学と日本銀行の共催コンファレンスにおいて、多くの興味深い考察が示されています*10。
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*10 東京大学院雄教育研究センター・日本銀行決済機構局共催コンファレンス「フィンテックと貨幣の将来像」(2016年11月18日)議事概要
例えば、暗号資産は信用構築や取引認証に膨大なエネルギー消費を必要とするため、取引に広く使われることは考えにくいという見解が既に示されていました。また、既に信用を確立している中央銀行が、自ら分散型技術に基づくデジタル通貨を発行するメリットは考えにくいという見方も示されました。これらはその後の世界の動きを先取りしていたように思います。
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また、デジタル技術革新の下、「情報伝達の媒体」や「契約媒体」といった機能を備える決済手段が登場するとの見解が示されました。加えて、情報技術が発達しても、物々交換における完璧なタイミングの一致が難しい以上、決済手段へのニーズは無くならないだろうとの見解も示されました。これらは大変興味深い論点です。
こうした中、東京大学の植田教授は、デジタル技術革新は、通貨間の競争を激化させるだろうと指摘しておられます。
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基軸通貨である米ドル建ステーブルコインが新興国や途上国などで国内通貨に代わり使われる可能性が米国では期待として、一方で他国では脅威として受け止められ、米ドルへの対抗がデジタルユーロ計画の大きな動機となっていることや、中国の国是である人民元国際化など、現在の通貨を巡る状況をみても大変示唆的です。そのうえで植田教授は、各国は自らの通貨の使い勝手の向上に、より真剣に取り組まなければならないだろうと付言しておられます。
このほかにも、通貨システムの運営コストという論点も提起され、全ての取引をRTGS型で決済することが効率的か、それとも集中型のシステムである程度ネッティングをした方が効率的なのか、といった論点を示しておられます。
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これからの通貨システムについては、1999年に当時のイングランド銀行総裁マービン=キングさんも興味深い問題提起をしています*11。
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*11 Mervyn King, “Challenges for Monetary Policy: New and Old” (1999)
キング総裁は、独自の通貨を発行する中央銀行の数はおそらく20世紀末がピークであり、21世紀には減っていくだろうと予測しています。これは、先ほど申し上げた通貨間競争の激化という観点からも興味深い指摘です。
さらにキング総裁は、技術革新によって物々交換に必要な全ての情報処理が可能になれば通貨は不要になるのかという問題提起をしておられます。これは、先ほど紹介したコンファレンスで出された「デジタル技術の発達の下でも通貨は必要とされ続けるのか」という問題意識と重なります。
もっとも、その後の世界の動きは、通貨を不要とする方向には到底進んでいないように映ります。
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この世界はますます不確実性に満ちており、人々が自らの生涯に関する全ての情報を把握し、全てのコンティンジェンシーを想定した完全な契約を締結し、その履行を完全に確保することは、デジタル技術の発達の下でも引き続き困難であるように思えます。この中で通貨は、人間が協力しながらこの不確実な世界を生き抜くツールとして機能し続けるだろうというのが、現段階での私の印象です。
では、次世代の通貨システムは、具体的にどのような姿になっていくのでしょうか。
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まず、既にご紹介したように、技術革新は通貨間競争を激化させていくでしょう。この中で通貨が生き残るには、通貨への信頼を確保するとともにその使い勝手の向上に努めることが一段と強く求められ、そうでない通貨は競争に敗れていくでしょう。あわせて、マクロ政策の自律性の意義もますます問われるでしょう。
近年の経験は、人間が国家よりも効率的な信用構築メカニズムをなお見出せていないことを示唆しています。例えばステーブルコインは、価値を安定させるために国家や中央銀行の信用を借用しているといえます。したがって当面、中央銀行は信用の「アンカー」としての役割を果たし続けるでしょう。
さらに、集中型・分散型インフラにはそれぞれの優位性があり、現在の集中型インフラが全て分散型に置き換えられるとは考えにくいでしょう。したがって次世代の通貨システムは、複数のプラットフォームが有機的に繋がる姿となるでしょうし、この中では、現在も重要な役割を果たしている預金と中央銀行預金のトークン化が、まずは有力な選択肢と考えられます。これは国際決済銀行が唱える「統一台帳」(unified ledger)とも重なります。
次世代の通貨システムでも、中央銀行は信頼のアンカーとして、各決済手段の「単一性」の礎となり続けるでしょう。一方で、技術革新を背景に、プログラマビリティや情報の媒体、契約の執行などさまざまな機能を備えた支払決済手段が登場し、ユーザーはニーズに応じてこれらの手段を使い分けていくという世界が一応展望できます。
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もっとも、このような世界が自然に実現できるということではありません。19世紀の米国の「山猫銀行」の例が示すように、通貨発行益(シニョレッジ)の獲得は、民間が通貨発行に参入する大きな動機となります。しかし、シニョレッジ目当ての手段は結局、通貨としての信頼を確保できずに終わるケースが殆どです。これは、近年多くの暗号資産が発行され、しかも決済手段としてはほぼ使われていないこととも整合的です。
「ネットワーク外部性」を持つ通貨システムのイノベーションを進めていく一つの難しさは、広範な主体の協力を、しかも「通貨発行益」への過度の期待を招かないよう束ねていかなければならない点にあると感じます。 このためには金融当局や中央銀行の役割も重要ですが、デジタル通貨フォーラムとしても、民間の力を集め、通貨システムをより良いものとし、人々や社会により大きな貢献を果たすものとなるよう、力を尽くしてまいります。
報告者紹介
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山岡 浩巳
デジタル通貨フォーラム座長
フューチャー株式会社取締役 グループCSO
日本銀行において調査統計局景気分析グループ長、同企画室企画役、同金融機構局参事役大手銀行担当総括、金融市場局長、決済機構局長などを務める。 この間、国際通貨基金日本理事代理、バーゼル銀行監督委員会委員なども歴任。
