2026/03/11
インタビュー

デジタル人民元のスキーム変更 ~CBDCからデジタル預金へ~

日本や欧米諸国と比較して、中国はデジタル人民元の研究を早くから始めていました。2020年4月には中国のいくつかの都市でテストとしての発行を開始し、この時は研究の一環であり正式な発行は未定であると強調していました。それから時は流れ2022年の北京五輪は、中国が世界に向けてデジタル人民元をお披露目する最大のショーケースになるはずでした。しかし、世界的な感染症拡大の影響や米国の政治的な逆風もあり、その後の普及のスピードは中国当局の予想を下回ったと言われています。

このような変遷を重ねて、現在、中国のデジタル人民元はどのような検討がなされているのでしょうか。2026年1月に中国は、デジタル人民元について大きな方針転換をしました。その内容は、目的は…最新状況をデジタル通貨フォーラムの山岡座長にお話しを伺いました。

「デジタル通貨フォーラム」では、世界の金融インフラのデジタル化の動向の把握および情報の共有にも努めています。今般、より幅広い方々との情報共有を図る観点から、フォーラムにおいて私が情勢のアップデートとして用いている資料を、このサイト上でも公表することにしました。日本の金融インフラを世界最高水準のものにイノベートしていく上では、公式な資料などに基づく確かな情報を基に世界の動きを正確に把握していくことが重要と考えるからです。

1.デジタル人民元のスキーム変更

「リテールCBDC」から「デジタル預金」へ

(1)デジタル人民元“e-CNY”の経緯

最近の動きの中で、特に世界の注目を集めたものとしては、何といっても2026年初からのデジタル人民元(e-CNY)のスキームの変更が挙げられます。

中国当局は2016年1月、既に2014年から、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究を始めていることを公表しました。これは、スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクの“e-Krona”と並んで、世界で最も早期から始められたCBDCの検討であったといえます。

その後中国当局は、検討や実験を進めている人民元建て中央銀行デジタル通貨を“e-CNY”と命名し、国内主要都市などで大規模な実験を進めてきました。e-CNYの殆どは民間銀行の提供するウォレットを通じた「間接方式」でユーザーに提供されてきました。もっとも、中国には既に、Alipay, WeChatPayといったデジタル決済手段が普及していることもあり、e-CNYの利用は限定的なものにとどまってきました(2025年11月末までのe-CNYによる取引は累計で34.8億件、金額にして16.7兆元となっていますが、中国のGDPが一年間でも140兆元を超えることを踏まえれば、相対的には大きくない規模といえます)。

(2)スキームの変更 ― 「リテールCBDC」から「デジタル預金」へ ―

こうした中、2025年12月29日(月)、中国人民銀行は、2026年1月1日より、民間銀行のウォレットを通じて間接方式で提供されているe-CNYについて、中央銀行の債務ではなく民間銀行の債務、すなわちデジタル化された銀行預金として提供することを発表しました。  
これに伴い、民間銀行は中国の預金金利規制に沿って、e-CNYの残高に対して金利を支払うことになります。また、e-CNYは通常の銀行預金同様に預金保険が適用され、預金準備率の対象となり、銀行のALM管理に組み込まれることになります。

(3)スキーム変更の背景

なぜこのようなスキームの変更が行われたのかについて、中国当局から踏み込んだ説明はありません。しかしCBDCを巡る世界的な議論を踏まえれば、結局、リテールCBDCを銀行経由の「間接方式」で供給することは実務的に容易ではないという事情が考えられます。
すなわち、リテールCBDCを銀行経由の間接方式で供給する場合、仲介機関である銀行は、①自らの債務である預金、②中央銀行の債務であるリテールCBDC、の両方を顧客に提供する形になります。
しかし、銀行側がその違いを説明することは容易ではありません。もし銀行が「我々自身の債務よりも中央銀行の債務の方が安全です」などと言おうものなら、自らの預金の流出を招き、金融危機のトリガーを引くことになりかねません。  

この点の重要さは、国際決済銀行なども、「通貨の単一性」(Singleness of Money)として繰り返し強調しています。通貨システムが安定を維持できるのは、同じ通貨建ての支払決済手段がいつでも、即時に、等価で法定通貨に交換できる必要があるということです。裏を返せば、銀行の債務と中央銀行の債務の信頼度は同じでなければならず、同じものを敢えて2つ並べて顧客に提供しなければならない理由付けはなかなか難しい、ということになります。  

その意味では、今回の中国の対応は、「通貨の単一性」の観点からスキーム全体をすっきりさせたもの、という理解も可能であるように思います。一方で、では中国人民銀行(中央銀行)をはじめとする当局が、デジタル人民元のインフラ構築自体にどこまで関与するのが適当か、という問題も出てくるかもしれません。

2.人民元建ステーブルコインの禁止

https://www.pbc.gov.cn/tiaofasi/144941/3581332/2026020619591971323/index.html

※中国人民銀行の法条司が公表した通知「42号」のページへ遷移します。

(1)人民元建ステーブルコインの一律禁止

中国の8つの金融関連当局(中国人民銀行、国家発展改革委員会、工業・情報化部、公安部、国家市場監督管理総局、国家金融監督管理総局、中国証券監督管理委員会、国家外国為替管理局)は2月6日(金)、連名により、「国内外を問わず、関係当局の法令に基づく承認を得ない限り、いかなる団体も個人も、人民元建てのステーブルコインを海外で発行することはできない」との通知文書を発出しました。

中国ではもともと、暗号資産(仮想通貨)の国内での発行や流通は禁止されており、ステーブルコインは暗号資産に分類されているため、もともと無許可での国内での発行はできませんでした。今般、人民元建のステーブルコインは国内だけでなく海外でも発行できないことが明確化されたことになります。さらに、企業や個人事業者の登録名称や事業範囲に「企業及び個人事業者の登録名称及び事業範囲には、「仮想通貨」「仮想資産」「暗号通貨」「暗号資産」「ステーブルコイン」という文字や内容を含んではならないことも明示されました。

(2)米国との対比

このような中国のスタンスは、もう一つの大国である米国とのスタンスとの対比でも、大変興味深いものです。

米国は、昨年(2025年)7月に成立した、いわゆる「ジーニアス法」において、米国内で流通する米ドル建のステーブルコインについては、その額面以上の裏付け資産を短期国債などの安全流動資産で保有することを求めた上で、これを法的にも認めています。 また米国の現政権は、

The GENIUS Act will generate increased demand for U.S. debt and cement the dollar’s status as the global reserve currency by requiring stablecoin issuers to back their assets with Treasuries and U.S. dollars.”
(参考訳)
GENIUS法は、ステーブルコイン発行者に米国債と米ドルによる資産の裏付けを義務付けることで、米国債への需要増加を促し、ドルの国際準備通貨としての地位を確固たるものにする。

 と述べ、米ドル建てステーブルコインが米国債への需要を増やすことへの期待を表明しています。  

ただし、米ドル建てステーブルコインが国内で使われるだけでは、その効果は定量的にはかなり限られます。また、現金や預金を代替する場合、現金や預金も資産側には国債や貸出を持つ形で発行されるわけですので、その面からも国債への需要が純増する部分は限られ、また信用創造機能への影響も考えられます。この中で、ステーブルコインが米国債への需要を本当に増やすとすれば、「新興国などで自国通貨の代わりに米ドル建のステーブルコインが使われる」といった場合であると考えられます。
米国の現政権は、このような可能性を歓迎しているようにも見えます(もちろん、他国にとってはやや脅威かもしれませんが)。

一方、中国は、人民元建のステーブルコインについて、国内だけでなく海外での発行も禁止しています。その理由について当局は踏み込んだ説明はしていませんが、常識的には以下の理由が考えられます。
まず、人民元建てのステーブルコインが、アンダーグラウンドで犯罪や不正、脱税、マネロンなどに関わる取引に使われるのは避けたいということが考えられます。
もう一つは、人民元建てのステーブルコインの価値が人民元から乖離する、いわゆる「ディペッグ」が起こるリスクへの配慮です。
これにより、人民元建ての経済活動全般に悪影響が起こることは避けたいという問題意識が考えられます。

3.おわりに

このように、デジタル支払決済インフラを巡っては、世界では引き続きさまざまな動きがみられています。この中で、これからの支払決済インフラの構築に当たっては、民間、とりわけ銀行の機能と役割を十分に活用していかなければならないという問題意識は世界的にもほぼ共有され、また、ますます強まっているように思います。

デジタル通貨フォーラムとしても、引き続き世界の動きを丁寧にフォローするとともに、極力「回り道」を避けながら日本の金融インフラをイノベートしていけるよう、幅広い主体と情報を共有しながら建設的な議論を進めていきます。

話者紹介

山岡 浩巳

デジタル通貨フォーラム座長 フューチャー株式会社取締役 グループCSO

日本銀行において調査統計局景気分析グループ長、同企画室企画役、同金融機構局参事役大手銀行担当総括、金融市場局長、決済機構局長などを務める。
この間、国際通貨基金日本理事代理、バーゼル銀行監督委員会委員なども歴任。