地域内マーケットプレイスが創る持続可能な経済圏
船瀬 圭一氏(以下、船瀬)
地域通貨の導入は、主に地域の経済活性が大きな目的になるかと思います。
例に挙げていただいた食と農のプラットフォームに関しても、地域通貨を活用することで、地域の事業者同士のマッチングと消費を促進していくことで、より地域の経済活性や域内循環の強化に繋がっていくと思っています。さらに、このような取り組みが横展開として、様々な地域へ広がっていくことが望ましいことであると感じています。
山岡
TISさんは会津若松で非常に熱心に活動しておられますが、TISさんのデジタル化の取り組みが会津若松に及ぼした影響について、どのように評価しておられるでしょうか。
デジタル通貨フォーラム 山岡 浩巳座長
船瀬
現在、持続性の確保が多くの地域通貨が抱える共通の課題と感じております。今TISが取り組んでおりますのは、自主自営と申しますか、必ずしも自治体の財源に頼らずに地域の企業に自主的に関わっていただけるような地域通貨の仕組みを目指すことです。まだ道半ばではありますが、賛同してくださる方も徐々に増えており、前向きな傾向が生まれております。
また、この仕組みにおいて自治体にも1利用者として参画していただくことで、地域全体が連携し、会津若松のさらなる発展にも寄与するのではないかと考えています。
山岡
そうですね。自治体がお金を出して支える仕組みですと、自治体の政治的な構図が変わってしまうと、そうした支援も途切れてしまう可能性がありますね。
自治体側も地域通貨のプラットフォームから利益を得られ、だからこそ自治体も喜んで継続的に参加するような仕組みが求められるように思います。
地域通貨分科会幹事 船瀬 圭一氏
船瀬
実際にインセンティブや給付の手段として会津コインを民間企業や自治体に活用いただく取り組みは既に始まっております。
さらに、業務負担の大幅な削減など民間企業や自治体の課題解決やDXの推進にも寄与できる仕組みが実現できれば、よりメリットが高まり参画いただける方が増えてくるのではないかと考えています。
地域通貨×行政連携!行政と密接に連携する地域プラットフォームの未来
山岡
地域通貨分科会と行政事務分科会は、当初から密接に連携をして活動してこられました。このことは、地方自治体にとっても、政策の効果を高めるうえで重要な意味があると思います。
例えば、2020年のCovid-19対応として特別定額給付金10万円を配る際、マイナンバーが給付においてあまり機能せず、結局、役所の方々が大変な苦労をされて人海戦術で配ったということがありました。また効果の面では、当初の目的は消費促進を通じた経済の刺激であったにもかかわらず、実際には先行き不安から給付金の多くが貯め込まれ、消費にはあまり回らなかったと評価されています。
このような経験を踏まえれば、まず、給付金を配る際、デジタル通貨を使うことで、これと紐づけられた銀行口座にプッシュ型の給付ができる可能性が考えられます。
また、政策の効果を高める形での使途制限を活用することも考えられます。例えば、子育て給付金であればミルクやベビーカーの購入には使えてもそれ以外の用途には使えない仕組みとしたり、特定の用途に使った場合にはプレミアムを付けることなどが考えられます。あるいは、一定の期限内に使わないと減価するといった仕組みを通じて経済刺激の効果を高めることも考えられます。 そこで、行政の施策の効果を高めるという観点から、デジタル通貨の持つ可能性や、これまでの活動から得られた知見について、お伺いできればと思います。
船瀬
まさに今仰っていただいたとおり、行政や自治体からのニーズとして、例えば「子育てに資する物しか買えないようにしたい」といった使途制限に関するお話しはよくお聞きします。2024年度の分科会の活動でも、この使途制限という点にも改めて焦点を当て、社会実装に向けた議論を深めているところです。
使途制限の実現方法については、2021年度の実証実験でも検討しました。加盟店単位での制限は、「利用可能な店舗を指定する」ことで対応できますが、商品単位での制限となるとPOSシステムの購買データが不可欠になりますので、その活用をいかに実現するかというところがポイントとなります。そのため、今年度はPOSの開発ベンダーも分科会に巻き込みながら議論をしております。
具体的には、商品毎の判定情報をどこで保持し、それをどのように地域通貨のプラットフォームと連携させるかが課題となります。また、使途制限を設けるべきか、それともンセンティブとして還元する仕組みにするべきかについても検討を進めています。
「使途制限」という言葉だけを用いると、もしかしたらネガティブなイメージを与えてしまうかもしれませんが、先ほど申し上げたように最終的にはPOSの購買データや行動データを活用したエシカル消費やフードロス対策などSDGsや社会課題解決に資する地域通貨プラットフォームを目指しています。
山岡
地域のサステナビリティの問題ですが、本来サステナビリティの議論は、もともとは「炭素税」のように、「地球や環境に悪影響を及ぼす『負の外部性』に価格を付け、そのコストを負担してもらう」という問題意識から始まったように思います。
もっとも、そもそも「負の外部性」に明確なプライスを付けることが難しい中、よくわからないプライスを付けられて税金を払えと言っても納得されにくいので、直接に税の議論をすることを避ける代わりに、「では金融面から負の外部性を評価してもらって資源配分を動かそう」という意図から「サステナブル金融」がクローズアップされた面があったように感じます。グリーンボンドなども、その一例であるように思います。
この点、船瀬さんのお話を伺っていますと、金融機関など特定の主体に頼らなくとも、地域においてエコフレンドリーなインセンティブを創出することで、サステナビリティを重視した消費や資源配分が指向されるような取り組みを促せる可能性もあるかなと思います。
例えば、地方自治体が「ウチの自治体はエコフレンドリーです!」と宣言し、エコフレンドリーな商品の購買をデジタル通貨プラットフォームを使って推進する一方、エコではない商品の購入にはディスインセンティブを与えるなどの仕組みが考えられます。そうなると、そうした自治体の考え方を好む方々が移り住んでくるかもしれません。 では、これからの地域通貨分科会の展望や、船瀬さんがお考えになっている有望分野などをお聞かせ願えませんでしょうか。
船瀬
現状、地域通貨は主に自治体・商店街を中心に全国に200弱程度展開されています。
これらは地域経済やコミュニティの活性化に一定の効果を上げている一方で、各自治体・商店街に対して個別最適化されていることから、横展開が難しいという点も課題の一つであると考えています。
個別最適化された地域通貨の場合、小売業者やPOSベンダーは、地域通貨ごとに対応しなくてはならない展開上の課題があったり、市と県でもそれぞれが別の仕組みで地域通貨を提供するような非効率なケースが生じたり、共通化や効率化といった面で持続性を妨げている要素があるのではないかと感じています。
そこで、先ほどお話しした将来的なSDGsや社会課題解決にも資する形で、現状の地域通貨の課題を解決しうる共通の地域通貨プラットフォームを定義してきたいと考えております。 ファーストステップとして、今年度は地域通貨が利用される小売店舗とPOSシステムに関わる仕様の共通化及び購買データの利活用という点に焦点を当て、技術面・ビジネス面の両方から実現可能性を議論しております。
今後は実証実験などのステップを踏み、将来的には全国共通のプラットフォームの実現を目指していきたいと考えております。
また、この共通プラットフォームにおいてデジタル通貨の果たす役割として、DCJPYネットワークはビジネスゾーンとフィナンシャルゾーンと分かれている二層構造ですので、各地域通貨をビジネスゾーン上のカラードコインとして定義することで、単なる仕様や運用の共通化にとどまらず、地域通貨間の相互運用性や価値交換など地域を跨いだ協業や施策などにも繋げていける可能性があると捉えています。
(出所)ディーカレットDCP White Paper2023
(解説:De Beyondデジタル通貨入門メディア(未来を切り開く独自技術・デジタル通貨DCJPYで取引の常識が変わる!)
山岡
おっしゃるように、地域を跨いでの地域通貨間の相互運用や価値交換は、地域通貨を広める上で魅力的なポイントだと感じます。
地域通貨が特定の狭い市区町村でしか使えないとなると、使用する機会が相当限られますし、そうなると地域通貨自体の生き残りが大変になります。これに対し、ある特定の村で使った分についてはプレミアムが乗るが、他の地域でも通常のお金としては使える、といった形が実現できれば魅力的だろうと思います。
このことを整理して言えば、「地域の特性や付加価値を活かす」ということと「貨幣としてのスケーラビリティの確保」をどのように両立させるのか、これは地域通貨が生き残っていくために重要な課題だと思います。
では、船瀬さんの視点から見て、今後地域通貨に対して描き得る夢や、地域通貨が社会に貢献していく展望などを伺いたいのですが。
地域通貨をブームで終わらせない、地域通貨分科会がDCJPYネットワークで描く持続可能な地域の価値創造
船瀬
まずは、地域通貨の共通化を以っていかに持続的な仕組みとしていくかを、検討していきたいと考えています。
その上で、デジタル通貨DCJPYはブロックチェーンを利用した仕組みになりますが、NFTやSBT(ソウルバンドトークン)・DAOといった関連技術の実績は積みあげられているものの、地域通貨・デジタル通貨との連動事例やユースケースはまだ少ないように感じております。
こうしたブロックチェーン技術の活用という視点から、例えば、自治体の資金調達手段としてトークンを活用していくなど、新たなユースケースにも分科会として踏み込んでいけると良いと感じています。
山岡
確かに、これまでのNFTにはややバブル的なブームの部分もあったのですが、本来、ブロックチェーンや分散台帳技術の意義は、通貨に限らず広範な価値の「デジタルトークン化」ができるという点にあるのだと思います。
この点、デジタル通貨フォーラムの他のいくつかの分科会も、さまざまな価値のデジタルトークン化に関わる検討を進めています。このような分科会と地域通貨分科会が今後協調して検討を進めていくことができれば、面白いかもしれませんね。
地域の魅力という点では、会津若松も含め、今や日本の観光地は海外の方々にも大変な人気で、多くの方々が来日されています。
そこで、神社仏閣など印象的な観光資源の写真や動画などをNFT化することで、日本を訪れた海外の方々が、帰国後も訪ねた土地のNFTを購入できると嬉しいかもしれません。
会津若松であれば、海外の方々がこのようなNFTを持つことで会津若松との繋がりを感じ、その後も会津若松の特産品を買い続けてくれる、といった取り組みができると面白いかもしれないと感じます。
最後に船瀬様に、デジタル通貨フォーラム、さらにはデジタル通貨への期待などをお聞かせいただけないでしょうか。
船瀬
地域通貨分科会では、テーマを地域通貨に絞っているように見えるかもしれませんが、先ほど申し上げたように、「デジタル地域通貨」はあらゆる決済のシーンに使っていけるものとして定義づけをしており、他の分科会との協調の可能性が高い分科会であると思っています。
分科会間の知見共有や共同検討などを活性化していけるような活動に一緒に取り組んでいければと感じております。
山岡
今日船瀬様のお話しを伺っていると、デジタル地域通貨の分野は、地域の価値、移動データの活用、地域の特産品を消費者の方々に届けるマーケットプレイスの構築とデジタル通貨を通じた決済、地域のさまざまな価値のデジタルトークン化など、大きな可能性と広がりのある分野だと感じました。
地域通貨分科会のご活躍に今後とも大いに期待をしております。
また、地域通貨分科会とデジタル通貨フォーラム内の他の分科会が有機的に連携をして、価値創造の取り組みを続けていければと感じました。
本日はありがとうございました
山岡 浩巳座長
デジタル通貨フォーラム座長
フューチャー株式会社取締役 グループCSO
日本銀行において調査統計局景気分析グループ長、同企画室企画役、同金融機構局参事役大手銀行担当総括、金融市場局長、決済機構局長などを務める。この間、国際通貨基金日本理事代理、バーゼル銀行監督委員会委員なども歴任。
船瀬 圭一氏
TIS株式会社 ソーシャルイノベーション事業部
ソーシャルイノベーション第1部 セクションチーフ 兼 会津サービスクリエーションセンター セクションチーフ
デジタル通貨フォーラム地域通貨分科会幹事。
入社以来、クレジットカードを中心とした決済サービスの開発プロジェクトやシステム企画に従事。その後、スタートアップや事業会社との共創、新規事業企画などの経験し、現在は地域通貨・デジタル通貨領域における事業戦略の立案・推進を担当。
山岡 浩巳座長(以下、山岡)
2022年度の実証実験で使われたマーケットプレイスのようなマッチングプラットフォームも、たいへん興味深いものだと思います。日本の各地域には優れた農産物や水産物があります。例えば、デジタル通貨フォーラムの参加メンバーでもありデジタル化に熱心に取り組んでおられる気仙沼市の水産物は、海外でも非常に人気あります。
これまで農産物や水産物は、大田や豊洲など特定の中央市場にいったん集められ、競りで購入される形が多かったのですが、今や、日本の農産物や水産物を最も高く評価してくれるのは香港やシンガポールの人かもしれません。そうだとすれば、農産物や水産物を特定の中央市場に集めて値を付けるのではなく、分散型の構造のもとで、需要者が個別に生産者や漁業者と契約をして買っていく形が発展しても良いように思います。
そうなると、ではこのような分散型のデジタルベースの売買における決済手段をどうするのかが課題となります。この点では、例えば農産物や水産物が移動したら同時にスマートコントラクトで決済も行われるといった取引を実現できれば面白いように思います。
このような、売り手と買い手がダイレクトに繋がるマーケットプレイスの発展にとって、地域通貨がどのような貢献を果たし得るのか、展望やお考えがあれば伺いたいのですが。