
2008年のブロックチェーンの登場以降、ブロックチェーン・分散台帳技術を金融インフラに応用するさまざまな取り組みが進められています。とりわけ、支払決済分野への応用として最近頻繁に耳にする言葉が「トークン化預金」と「ステーブルコイン」では、この2つはどのように違うのでしょうか。
「ステーブルコイン」は多義的
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デジタル通貨フォーラム 山岡 浩巳座長
その前に、「ステーブルコイン(Stablecoin)」という言葉が多義的に使われてきたことには留意が必要です。
もともと「ステーブルコイン」は、ビットコインなどの暗号資産が価値の変動が激しく、支払決済に殆ど使われなかったことを踏まえ、「価値を安定させる仕組みを含む暗号資産」を広く指す用語として使われていました。そのような仕組みは必ずしも、「安全流動資産(短期国債や中央銀行預金など)による額面以上の裏付け」とはなっておらず、裏付け資産の質や量がステーブルコインの額面価値に満たないものもありました。また、裏付け資産を持つ代わりに「価値が下落すれば発行量を減らす」といったアルゴリズムを組み込むものもありました。
もっとも、十分な裏付け資産を持たないステーブルコインの価値はしばしば法定通貨の価値から乖離し、金融システムに混乱をもたらしました。その典型的な事件が、2022年のTerra/LUNAの価値暴落です。通貨の価値を安定させるメカニズムは現実には複雑であり、予め組み込んだアルゴリズムなどによって代替することは難しいのです。これらの経験を踏まえ、安全流動資産による額面以上の裏付けを持たないものは「ステーブルコイン」とは呼ばず、あくまで暗号資産として捉えるというのが、世界の規制監督の趨勢になっています。
例えば、米ドル建てステーブルコインはこれまで、必ずしも額面以上の安全流動資産による裏付けを持たないものが多く発行されてきました。しかし、昨年(2025年)7月に成立した「ジーニアス法(Genius Act)」は、米国内で発行される米ドル建てステーブルコインに、額面以上の安全流動資産による裏付けを求めています。
このような経緯を経て、現在の世界の最大公約数的な理解は、概ね以下のようになっています。
ステーブルコイン(Stablecoin, SC):名目価値以上の安全流動資産を裏付け資産とし、主に非銀行により発行されるデジタルトークン。
トークン化預金(Tokenized Deposits, TD):銀行預金をブロックチェーン・分散台帳技術によりデジタルトークン化したもの。
もっとも、「ブロックチェーン・分散台帳技術を組み込んだ、法定通貨建ての価値の安定した支払決済手段」を広くステーブルコインと呼んでいるケースもあり、この場合はトークン化預金もステーブルコインに含まれることになります。さらに最近では、「銀行の発行するステーブルコイン」、「預金を裏付けとするステーブルコイン」なども議論に上るようになっており、両者の関係は一段と複雑になっています。
とはいえ、まずは前述のように、「ステーブルコインは主に非銀行が裏付け資産をもとに発行するデジタルトークン」、「トークン化預金は銀行預金をブロックチェーン・分散台帳技術によりデジタルトークン化したもの」と捉えた上で、話を進めていきます。
価値を安定させる仕組み ―「商業銀行モデル」と「ナローバンクモデル」―
ステーブルコインとトークン化預金の「目的」は類似しています。いずれも、「ブロックチェーン・分散台帳技術の長所を取り込むことができ、しかも価値の安定した支払決済手段を作り出す」ことを目的としています。
そのうえで、まず両者の違いとして挙げられるのが、価値を安定させる仕組みの違いです。
まず、「トークン化預金」は基本的に、近代以降の「商業銀行モデル」に基づいています。
自らの債務を支払決済手段として広く提供する商業銀行(民間銀行)については、その債務の価値を安定させるため、多くの制度的な整備が行われてきました。
そもそも、銀行は非常に厳しい健全性規制や流動性規制の下に置かれている産業です。具体的には、自己資本規制や流動性規制、レバレッジ規制などが挙げられます。また、預金は預金保険によっても守られ、さらに、銀行は中央銀行による「最後の貸し手(Lender of Last Resort, LLR)」機能の対象にもなっています。これにより、銀行預金は常に、直ちに、等価で(at parity)同額の中央銀行債務(現金、中央銀行預金)と交換できるようになっています。
このような制度的な裏付けのもと、銀行預金は近代以降、個人間や企業間の支払決済も含む、中核的な支払決済手段として機能してきました。こうした銀行預金にブロックチェーン・分散台帳技術を応用していこうというのが、トークン化預金の基本的な発想です。
一方、裏付け資産を持つステーブルコインの価値安定の仕組みは、20世紀後半に提唱された「ナローバンクモデル」に基づいていると言えます。
「ナロー(狭い)バンク」とは、支払決済手段を発行する主体については、その資産を国債や現金、中央銀行預金などの安全流動資産に限定するというものです。商業銀行は集めた預金を貸出や長期の証券投資などにも運用する訳ですが、貸出には貸し倒れ、長期の証券投資には金利変動などのリスクも伴います。これに対し、持ち得る資産を安全流動資産に狭く限定すれば、銀行規制や預金保険、中央銀行のLLRなどに頼らずに支払決済手段の安全性を確保できるのではないか、という考え方です。
これを現在の法制度の下で実現しようとすれば、まず、裏付けとなる安全流動資産を倒産隔離(bankruptcy remote)された信託や法人などに置き、支払決済手段をその受益権や持分権として発行する形が考えられます。このような信託や法人の形態を採る「ナローバンク」が、必ずしも伝統的な「銀行」である必要はありません。銀行は既に現存の枠組みの下で支払決済手段を提供している訳ですので、ナローバンクのスキームを敢えて使う主体は、むしろ非銀行であろうと考えられます。
もっとも、「ナローバンク」自体はもっぱら理論的な提言にとどまっており、現実のモデルにはなってきませんでした。その理由としては、安全流動資産の収益率は貸出や長期の証券投資などに比べかなり低くなるため、資産側を全て安全流動資産としてしまうと、ビジネスモデルとしては収益性が確保できないことなどが挙げられます。
また、銀行が敢えて自らの内部にナローバンクを作るインセンティブはないと考えられます。銀行が自らの安全流動資産を切り出し、これを特定の預金の裏付けとすれば、ここから外れる預金の信用力との間に差が生じてしまいます。銀行のバランスシートはあくまで一体として健全性を確保していくことが想定されています。
このような、トークン化預金とステーブルコインの価値安定の仕組みの違いは、他のさまざまな相違点に結びついています。これから、順に見ていきたいと思います。
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